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青森地方裁判所 昭和60年(ワ)384号 判決

原告

川守田喜一

被告

中西勇治

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告の請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し九二六万四六六〇円及び八四六万四六六〇円に対する昭和五九年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、昭和五九年二月一六日午後二時ごろ、軽四輪貨物自動車を運転して、みちのく有料道路を天間林村方面から青森市街地方面に向け進行し、青森市大字滝沢地内同道路一九・四KP地点付近にさしかかつた際、進路前方約一五メートル先に、同一方向に向け除雪作業中の除雪車を認め、対向車線には対向車が連続進行して来ていたことから、右除雪車の手前約一〇メートルに自車を停止させたところ、その約一分後に、被告中西得子運転の普通乗用自動車に自車を追突され、その衝撃により、頸椎捻挫の傷害を負つた(以下この事故を「本件事故」という)。

2(一)  被告中西得子は、当時道路表面が圧雪のため凍結し、急制動の措置をとるときは車両が滑走しやすい状態であつたのであるから、急制動の措置を講じることがないよう、進路前方を注視し、安全な速度と方法で自車を運転すべき注意義務を負つていたところ、これを怠り、自車を時速約四〇キロメートルで走行させ、進路前方に停車中の原告運転車両を約二五・六メートル先に発見し、急制動の措置を講じた過失により、自車を滑走させ、これを原告運転車両に追突させた。

(二)  被告中西勇治は、被告中西得子が運転した右車両の保有者である。

(三)  したがつて、被告中西得子は民法七〇九条により、同中西勇治は自賠法三条により、本件事故による損害を賠償する責任がある。

3  本件事故による原告の損害は次のとおりである。

(一) 治療費 四六八万八一六〇円

(1) 昭和五九年二月一七日から昭和六〇年一月一四日まで伊藤泌尿器科に通院(通院実日数一一日)

(2) 昭和五九年二月一八日から同年八月一三日まで立花整骨院に入院(入院日数一七六日)

(3) 昭和五九年八月一四日から昭和六〇年三月二八日まで立花整骨院に通院(通院実日数二二〇日)

(二) 診断書料 三〇〇〇円

(三) 入院雑費 一四万〇八〇〇円

一日当たり八〇〇円、一七六日分

(四) 付添看護費 一〇万八五〇〇円

一日当たり三五〇〇円、昭和五九年二月一八日から同年三月一九日まで三一日分の家族付添看護費

(五) 通院交通費 二六万七二〇〇円

(1) 自宅から立花整骨院分

一日当たり一二〇〇円、二二〇日分

(2) 立花整骨院から伊藤泌尿器科分

一日当たり三二〇円、一〇日分

(六) 逸失利益 二六九万七〇〇〇円

原告は、本件事故当時家族と供に農業に従事し、年間収益一二〇万円に対する寄与率四〇パーセントに相当する収入(月額平均四万円)を得ていたほか、小笠原建設に勤務し月額平均一六万七五〇〇円の賃金の支払を受けていたが、本件事故により、入通院期間中の一年一月余りの期間は就業することができず、その間、右月額計二〇万七五〇〇円の一三月分である二六九万七五〇〇円のうち少なくとも二六九万七〇〇〇円の得べかりし利益を失つた。

(七) 入院慰謝料 一七六万円

(八) 弁護士費用 八〇万円

(九) 損害の填補 一二〇万円

自賠責保険金による填補

(一〇) 総損害額 計九二六万四六六〇円

右(一)ないし(八)の合計金額から(九)の金額を控除した金額

4  よつて、原告は被告ら各自に対し、本件事故による損害賠償請求として、九二六万四六六〇円及びうち弁護士費用八〇万円を除いた八四六万四六六〇円に対する本件事故の翌日である昭和五九年二月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求の原因1及び2の各事実は認める。

2(一)  同3(一)ないし(八)のうち、原告が小笠原建設に勤務しその主張金額の賃金の支払を受けていたことは認めるが、その余は知らない。

(二)  同3(九)のうち、原告が自賠責保険金による損害の填補を受けたことは認めるが、その金額は一二〇万円ではなく九九万九三五七円である。

三  被告らの主張

被告らは、原告が一七六日間にもわたつて立花整骨院に入院したことについて必要性を認めることができない。その理由は次のとおりである。

1  伊藤泌尿器科の昭和五九年二月一七日付診断書によれば、原告の傷病名は頸椎捻挫であつた。

ところが、立花整骨院への入所受療についての同意書である伊藤泌尿器科の同日付入所証明書によれば、傷病名は五つに増加し、また初診時の症状は相当程度重症であるとされている(この入所証明書は、立花整骨院が予め所要事項を記載した用紙に伊藤泌尿器科が単に記名押印をしたものである)。

しかしながら、同日の診断によつてなぜ傷病名が五つに増加したのか、また、これほどの重症者であるならばなぜ整骨院に即日入院させたのか、ということについて合理的な説明がなく、このことから、入所証明書記載の傷病名の症状は本当にあつたのかどうか、相当の疑問が残る。

2  初診時におけるレントゲン撮影は頸椎二方向のみしか行われていないが、右入所証明書記載のような重症者であれば、多角的にレントゲン撮影がなされているはずである。

3  入所証明書記載のような重度の症状があつた場合、整骨院で施療をすることの是非にも疑問が残る。少なくとも、急性期は安静加療が必要であり、いきなり物療を施することは医学的に問題がある。

4  原告の症状は入院を要するほどのものではなかつたと考えられるが、仮に、入院治療を受ける必要があつたとしても、その治療は医師によつてなされるべきであり、一七六日もの期間整骨院に入室して施療を受けることは不相当であつて、その必要性がない。

5  立花整骨院においては、一七六日間のすべてにわたつて同一の施療がなされているが、急性期とその後の時期とでは施療方法が異なるはずである。のみならず、回復の段階に応じてそれぞれ施療方法には変化があるべきである。

6  また、立花整骨院の施療費は、相当金額を越え、高額に過ぎる。

第三証拠

証拠に関する事項は、訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故による原告の傷害の程度について検討する。

いずれも成立に争いがない甲第二号証の一及び二、甲六号証並びに甲八号証、証人伊藤享の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証の三、いずれも証人立花富治の証言により真正に成立したものと認められる甲三号証の一ないし三、甲一二号証及び甲一三号証、証人伊藤享及び同立花富治の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  原告は、本件事故当時、一時停止させた自車の運転席に乗車していたところ、被告中西得子運転の車両に自車を追突され、その衝撃により、自車は約〇・七メートル前方に押し出され、原告は、身体が前後に振られ、座席に後頭部を打ちつけ、頸部、背部、腰部、右肘部に痛みを感じたが、当日は、午後三時ごろから三時三〇分ごろまで行なわれた警察官の実況見分に立合つた後、予定どおり青森市内の姉の家を訪問し、当夜は、吐き気があり頸部等に痛みを感じたが、そのまま右姉の家に宿泊し、翌一七日、腰部、背部、肩部等の痛みが強くなつたことから、訪問先の家人に伴われて立花整骨院に赴き、施療を求めた。

2  立花整骨院の柔道整復師立花富治は、原告を自己のもとに入所させて施療をしようとしたが、これに先立ち、医師によるレントゲン撮影及び入所受療に対する医師の同意を得ておく必要があると考え、友人である伊藤泌尿器科の医師伊藤享に対し、レントゲン撮影及び入所受療の同意をすることを依頼し、入所受療について医師が同意をする旨の不動文字が記載されている入所証明書用紙を原告に交付し、原告を伊藤泌尿器科に差し向けた。

3  伊藤享は、同日原告を診察し、原告の頸椎のレントゲン撮影をし、これについては異常所見を認めなかつたが、原告が、喉部、頸部の痛みと吐気を訴え、他覚的には軽い喉部硬直があり、首筋に疼痛と運動制限があつたことから、安静加療二か月間を要する頸椎捻挫(いわゆるむち打ち症)であると判断し、その旨の診断書を作成し、自宅における安静療養で足りると判断しながらも、入室施療を求める立花富治の要請に応じることとし、右入所証明書に伊藤泌尿器科伊藤享の記名押印をし、診断書及びレントゲン写真と共にこれを原告に交付した。なお、右入所証明書の所要事項はすべて立花富治が記載したものであるが、その傷病名欄には「頸部捻挫、胸椎捻挫、腰部捻挫、右肘部捻挫、左前腕部打撲」の記載がなされ、また、初診時の症状欄には「初診時に於て患部の腫脹疼痛著名なり、呼吸痛あり、頭痛嘔吐あり、背部放散痛あり、歩行不可能の状態なり、屈伸運動時に於て激痛あり、靱帯の弛緩あり、腰部より臀部に至る疝痛あり、負傷の程度が余りにも強度であつた」との記載がなされている。

しかし、原告は、少なくとも伊藤泌尿器科の初診時においては、歩行困難な状態にはなかつた。

4  立花富治は、翌一八日から同年八月一三日までの一七八日間原告を立花整骨院に入所させ、その間、徒手牽引、赤外線による電療、罨法等を行なつたが、その施療内容は、右一七八日間全く同一のものであつた。

5  原告は、立花整骨院に入所期間中の同年二月から七月までの間、一か月に二回程度伊藤泌尿器科に通院し、伊藤泌尿器科は、同年七月三一日には原告の症状は固定したものと判断したが、原告は、その後も立花整骨院に入所していた。

6  原告は、同年八月一三日立花整骨院を退所したが、その後も、翌一四日から昭和六〇年三月二八日までの二三〇日のうち一八四日これに通い、これまでと同様の施療を受けた。

三  また、鑑定人木村哲彦の鑑定の結果によれば、柔道整復師立花富治は、外来通院治療で十分な原告について、入所施療が必要であるとしてその判断を誤り、原告を入所させ、更に、頸椎捻挫の急性期においては安静保持が必要であり、頸椎及びその周辺の損傷に関して牽引が許される場合は明白な椎間軟骨の損傷がある場合であり、かつ、右損傷の有無の判定は神経学的精密検査に基づくべきものであつて医行為を行なうことができない柔道整復師の能力の及ぶところではないのに、初期治療において徒手牽引(いわゆるマニユピレーシヨン)を行ない、その結果、通常の治療方法によれば医師伊藤享の診断のとおり約八週(二か月)以内に治癒に至つたと見込まれる原告について、治癒経過を著しく延長させる施療を行なつたことが認められる。

四  右認定事実に基づけば、本件事故による原告の傷害は、通院治療約二か月を要する頸椎捻挫に止まるものであるから、たとえ、原告が、右期間を超えて治療を受け治療費を支払い、治療期間中の不就労により得べかりし利益を失つたとしても、これについては、本件事故との間には相当因果関係がないものといわざるをえない。

五  そこで、本件事故による原告の具体的損害額について検討する。

1  治療費 七万七四六〇円

前示甲二号証の二、甲三号証の二及び三並びに甲一三号証によれば、原告は、伊藤泌尿器科に対し治療費七万七四六〇円、立花整骨院に対し施術料三一八万二七〇〇円をそれぞれ支払い、このほか、立花整骨院から施術料一三八万四〇〇〇円の支払請求を受けていることが認められる。

しかしながら、右のうち、立花整骨院に対する施術料は、本件事故との間に相当因果関係がないものであるから、本件事故による損害は、伊藤泌尿器科に対する治療費七万七四六〇円に止まるものといわなければならない。

2  診断書料 三〇〇〇円

成立に争いがない甲二号証の四によれば、原告は伊藤泌尿器科に対し、診断書料三〇〇〇円を支払つたことが認められる。

3  入院雑費

原告は、立花整骨院への入所期間一七六日について一日当たり八〇〇円の雑費を支払つたと主張するが、前示四のとおり、右期間中の支出は本件事故との相当因果関係がないものであるから、たとえ原告が右の支出をしたとしても、これをもつて本件事故による損害ということはできない。

4  付添看護費

原告は、立花整骨院への入所期間中三一日について付添看護が必要であつたと主張するが、これについても、右と同様、本件事故による損害ということはできない。

5  通院交通費 一万三二〇〇円

前示甲二号証の一及び二によれば、原告は伊藤泌尿器科に一一日間通院して治療を受けたことが認められるところ、弁論の全趣旨によれば、原告の自宅から同医院までのバス代は往復一二〇〇円であつたことが認められるから、これによれば、原告は、通院交通費として一万三二〇〇円の支出を余儀なくされたものと認められる。

なお、立花整骨院への通院交通費は、前示と同様、本件事故による損害ということができない。

6  逸失利益 四一万五〇〇〇円

原告が本件事故当時小笠原建設に勤務して月額平均一六万七五〇〇円の賃金を得ていたことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲四号証の一、原告本人尋問の結果及びいずれもこれにより真正に成立したものと認められる甲四号証の二ないし四によれば、原告は、当時家族と共に農業に従事し、これに対する寄与分として一か月当たり四万円の収入を得ていたが、本件事故によるる負傷の治療のため、右治療期間中いずれも就労することができず、その間の得べかりし利益を失つたことが認められるが、前示四のとおり、右のうち、本件事故と相当因果関係を有する部分は、本件事故後二か月に止まるべきものであるから、結局、原告は、本件事故により、右二〇万七五〇〇円の二か月分である四一万五〇〇〇円の得べかりし利益を失つたものというべきこととなる。

7  慰謝料 三〇万円

原告が本件事故による受傷のため肉体的及び精神的苦痛を受けたことは明らかであるが、その慰謝料額は、本件事故の態様、傷害の部位程度等を考慮し、三〇万円をもつて相当と認める。

8  損害合計額 八〇万八六六〇円

右により、本件事故による原告の損害額は、八〇万八六六〇円と算出される。

9  損害の填補 九九万九三五七円

原告が、本件事故につき、自賠責保険金九九万九三五七円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

してみると、本件事故による損害は、既に全額填補されたものといわなければならない。

10  弁護士費用

右のとおり、本件事故による損害は既に全額填補されたのであるから、その上更に損害の賠償を求めて提起した本件訴訟についての弁護士費用は、本件事故との間に相当因果関係がないものといわなければならない。

六  右のとおりであつて、本件事故による損害は既に全額填補され、原告主張のその余の損害は本件事故とは相当因果関係がなく、被告らに対しては請求し得ないものであるから、結局、原告の本訴請求は、理由がないものといわなければならない。

よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口忍)

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